
多岐にわたる業務を経験して
― 岐阜愛知電機に入社したきっかけを教えて下さい。
我々の場合は、大学の実験の先生が紹介してくれることが多かったんです。
うちの大学もそうですよ、先生の紹介でした。
私は求人票で探したぞ、先生の紹介じゃなくて。いくつか探して地元の会社を選んだら岐阜愛知電機でした。大学の先輩が多かったていうのもあるしなぁ。
同じ学校の先輩がたくさんいましたからね。

― 入社後の経歴は?
関谷さんは設計一筋?
いや営業もやったとこありますよ。40代の頃かな、ある案件のときに営業グループで1年は営業をやったかな。めちゃくちゃ怒られながら(笑)そこから2006年のトップランナーに間に合わせるようにって設計に戻ってずっと設計です。
― 設計に戻ってほっとしましたか?
いやー、どうですかね(笑)営業も面白かったです。とても大変でしたが…あの頃その日には帰れないような状態だったので。まぁ今も大変ですけどね(笑)
私は入社してから工事一本で。10年くらい現場での工事の仕事をして、それから組織変更に伴って工事の営業グループへいって営業をやって、それからまた組織がかわって、大体今のポジションに落ち着きました。工事については大体どの部署の仕事も全般的にやってきました。
私は最初は関谷さんの後輩で設計グループに。設計の中でも課が違っていて関谷さんとは違う製品の設計を担当していました。そのあと組織変更で(今はない)計画グループに異動になって海外プロジェクトの担当をしました。プロジェクト終了後に今の管理グループに異動になって今に至ります。

失敗もあれば、達成感もある
誰もやったことがない事への挑戦
― 今まで働いてきてやりがいを感じたことは何ですか。
やっぱりお客様対応かな。
お客様とのやりとりの中で教えてもらったこともいっぱいあるし、先輩に教えてもらったこともあるし、お客様の上司の方に教えてもらったこともあって。
そういうことはすごく成長にもつながってよかったかなと思います。設計もそうだし、営業のときもそう。
様々な工事をやってきて、今までやったとこのない工事を全部やりおわったとき、仕上げたあとっていうのは
やりがいを感じるね。
そのやりはじめのとき(はじめての工事を)もやりがいをもって挑戦して。
誰もやったとこないことをやるっていうことは楽しみがあった。
結果は別として(笑)めっちゃくちゃ赤字を出してしまって怒られたことだってある(笑)
まず設計にいた頃には、設計ミスをして再製作も不可能で、お客様の方で仕様変更をして頂いたなんて失敗もありましたが、
やっぱり特殊品の設計をしてお客様の要望通りの製品ができた時にはとてもやりがいを感じたね。
あとその後の海外プロジェクトでタイへ行けたことはなかなかない経験で良かったです。
英語も勉強したしタイ語もそれなりに勉強しました。挨拶だけじゃなくて少ししゃべれるようになったんです(笑)

目指すは100年企業
その為のアイデアはまさかの農業?
― 今後岐阜愛知電機をどのようにしていきたいですか?
電力会社様も改革が始まっている今、やっぱりこのままではいけない。標準品がメインでは。
これから先この岐阜県が直面する問題は、"農業の担い手"。
え、農業??
そう。私の家の周りやこの会社に近くにもたくさんの田んぼや畑がありますが、だんだんと減ってきていて。今誰も田畑なんて欲しい人がいないんです、若い人で。
これを支えるために新しく農業事業部なんでどうでしょう?
まぁ、そういう新事業も視野に入れて(笑)
長く続く100年企業にはしたいね。

2つの事業で力を合わせて新たな事業を展開
だから(農業は置いておいて…)今は標準品がメインですが、もっと特殊品にも力を入れていきたい。
特殊品は若い社員も頭使って考えて、やっぱりそれがやりがいにもなります。
元設計者としても、決まったものの改造設計がメインの現状は変えていきたい。
それもそうですが、今そういった改造・改良の需要はたくさんあって、お仕事もたくさん頂けていて。
こういうのを安くたくさん短納期でお客さんに応えていく。今の繋がりは大切にして、そこから標準品ではなく一歩先の製品に繋げていきたいですね。
今工事の部署と連携して盤を製作するプロジェクトもあるので、まずはそういうところから事業を拡げていけるのかなと思っています。
それ(盤製作)は早急に進めていきたいですね、工事には盤の案件もたくさんありますので。
製造のお客様でも盤の需要はありますので、うまいこと工事と組んで、教えてもらって、技術は伸ばしていきたいです。

強みは伸ばしつつ挑戦を続ける
工事も中部電力様のお仕事が売上の半分くらいを占めるというのは非常に強みですが、一般工事もやっているということは強いんです。
電力工事と一般工事のどちらかに特化してしまうのではなく、どっちもできるということは継続していきたい。
幅広くやっていかないとね。
今工事は官公庁の仕事にも挑戦している。
競争になると勝てるか勝てないかは別にして受注できるチャンスは大切にしていきます。
中部電力様も大幅な組織変更をされているから、今までのように電力の仕事を必ず確保できるとも限らない。
海外の仕事ってのはどうですか?
海外ね、行ってもいいんだけど、なかなか海外まで行って仕事やるって言ってくれる社員もいないので…そういう新人も是非ほしいところですね。

「変える」という気持ちを大切に
ぜひやりたいことを探してほしい
― そういった事業展開も踏まえてどんな新入社員を期待しますか?
なんにでも挑戦する人が欲しいです。
それでもって会社のなかで居場所というか、やることをみつけてくれるやる気・バイタリティのある人。
あと工事は外で働くことを良しとする人!
基本は守らなければいけれないけれど「変える」こと、
ずっと同じことをやり続けるのではなくて、考えていろいろ変化を求める人材です。
工場でも設計でもそうだけど、こう変えたいとか、こうやりたいとかって発言をする人ですかね。
もちろんその前には報連相があるのだけど、そういうことができる人がいいかな。
何事も興味をもって挑戦するっていうことがそれに繋がるのではと思っていますよ。
何か興味持ってます?
私は自作パソコンを作ったりとかありますよ。
浦瀬さんに教えてもらって、私から部下に教えたり。
いくつになってもやりたいことは見つけていかないと。
― ちなみに浦瀬取締役のやりたいことは?
ん?百姓かな。
一緒です(笑)
このあと定年になったらやることっていうと畑かなと。
もうこの年になると会社での仕事をやり終えたあとのこと考えないと、あと残り会社にいる期間よりそれよりあとのほうが長いんです。
次のことをそろそろ考えないと。会社の事を考えていないわけではないですよ、自分のことも大切です。
若い人は、仕事も、遊びも、どっちも大切にしてください。
何ですか?
山もあって、田んぼもあって、自然は豊かです。
都会と比べれば不便なところもあるかもしれませんが、満員電車などとは縁もなくて、そういう仕事以外の部分でのストレスも少ないところは岐阜の良いところです。
まぁ岐阜と言っても広いので私の家は遠いですが(笑)
程よい田舎。
名古屋に比べると人情味もあるところかな。
岐阜の人はみんなあたたかいです。
岐阜は仕事をするにも、遊ぶにもちょうど良いところじゃないですかね。
過ごしやすいと思っています。
工学部 電気工学科卒 経営管理部長
工学部 電気工学科卒 電設事業部長
工学部 電気工学科卒 電機事業部長